産業図案切手と傾斜生産方式 | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 産業図案切手と傾斜生産方式

 ★★★ 緊急告知! ★★★

 

 明日(11月24日)、文化放送(AM放送、周波数は1134kHz。放送は関東地区のみ)の番組「蟹瀬誠一・ネクスト 」の“ネクスト・朝イチライブラリー”のコーナーで、『皇室切手』の著者インタビューが放送されます。放送時間は、午前8時20分~30分ごろの予定です。


 よろしかったら、是非、聞いてやってください。


 ★★★★★★★★★★★★★


 

 さて、今日は勤労感謝の日です。


 日本の切手の中で、“はたらく人々”を取り上げた切手といえば、終戦後まもない1948年から発行された通常切手である“産業図案”切手を思い浮かべる人が多いのではないかと思います。


 産業図案切手は、戦後復興にむけての国民の意欲をかきたてるため、重要産業で働く人々の姿を取り上げたもので、戦後の日本切手の中では、珍しくメッセージ色の強いシリーズといってよいでしょう。なかでも、炭坑夫ならびに製鉄の切手は、非常に重要な意味を持つものとして注目に値する存在です。


 炭坑夫     製鉄


 1946年末、第一次吉田茂内閣が設置した石炭委員会は“傾斜生産方式”を提唱。1947年以降、これが戦後復興のための基本方式となります。


 傾斜生産方式の基本的な考え方は、限られた資金と資材を基礎素材の生産に集中的に傾斜させ、これを原動力として経済全体の復興をめざすというもので、具体的には、輸入重油を鉄鋼生産に投入して鋼材を増産→その鋼材を炭鉱に投入→増産された石炭を鉄鋼業に投入→増産された鋼材を炭鉱に投入・・・というプロセスを繰り返すことで、石炭と鉄鋼の生産回復を図ろうというものでした。(のちに食糧や肥料も増産の対象とされています)


 そして、そのための手段として、石炭を原価より安く鉄鋼業に引き渡し、鋼材を原価より安く炭鉱に引き渡すための価格差補給金の制度が設けられ、石炭・鉄鋼・電力・海運を中心に重要産業に重点的に傾斜金融を行うための復興金融公庫(復金)が設立されます。こうして、1947年以降、傾斜生産方式が本格的に開始され、戦後の復興がようやく本格的に開始されることになりました。


 産業図案切手は、こうした社会的背景の下に発行が開始されたもので、最も需要の多かった書状基本料金の切手(当初は5円、のち8円)に炭坑夫が取り上げられていたのは、あきらかに、石炭の増産が国策として重要な課題とされていたことの反映とみなすことができます。一方、石炭と並んで重要な産業であった製鉄は、高額の100円切手に取り上げられています。個人的には、この100円切手は、デザインや凹版彫刻の美しさなど、切手としての出来栄えという点で、機関車製造を描いた500円切手(産業図案切手の最高額面)をはるかにしのいでいるように思えます。やはり、題材としての国家にとっての重要度の差が、切手としての完成度にも影響を与えていると考えたいのですが、いかがなものでしょう。


 その後、戦後復興から高度経済成長へと時代の位相が変化していくと、どういうわけか、日本の切手には“労働者”があまり取り上げられなくなっていきます。その背景には、もしかすると、“労働者”という言葉に、ある種左翼的な政治臭が感じられるということもあったのかもしれません。


 とはいえ、現在の日本の労働者の相当部分を占めているはずのサラリーマンに関して、その働く姿が切手という国家のメディアにはほとんど取り上げらてこなかったという状況は、なんだか、非常にバランスを失しているような気がしてなりません。なんだか、日本の政府が、サラリーマンという存在をどのように考えているのか、その一端が垣間見えるようで、薄ら寒い思いがするのは僕だけではないでしょう。