奇跡の出来栄え | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 奇跡の出来栄え

 今日はボジョレー・ヌーボーの解禁日です。というわけで、“収穫”に関するフランス関連のマテリアルということで、こんな1枚を引っ張り出して見ました。


 スペラッティのセレス


 フランス最初の切手は1849年に発行されました。デザインは豊穣の女神セレスです。セレスを描いた最初のシリーズは1849年から翌1850年にかけて発行されましたが、このうち、黄緑色の15サンチーム(100サンチーム=1フラン)は1850年の発行で、手元の古いスコット・カタログによると未使用で8500ドル、使用済みで875ドルという評価がついています。


 こういう風に書くと、上の画像がそのセレスの15サンチーム切手のように見えてしまうんですが、実は、これはホンモノの切手ではありません。とはいっても、凡百のニセモノではなく、稀代の天才“切手模造家”として名をはせたジャン・ド・スペラッティの“作品”です。

 

 スペラッティは、1884年、中部イタリアのピストイアに生まれました。もともと、模写の際にすぐれていたことに加え、化学や写真の知識が深かった彼は、切手商でもあった兄の影響から切手収集にも関心を持ち、切手の模造に手を染めるようになったといわれています。


 彼の模造は、1942年、彼の“作品”がフランス税関によって摘発されたことで明るみに出ました。すなわち、スペラッティの精巧な“作品”を高価な切手の真正品と誤解した税関側が、それらに課税しようとしたところ、彼は自分が“作品”をつくったことを主張。裁判の過程で、彼の“作品”は何度か真正品との鑑定が下されますが、彼は摘発を受けたものと同じ模造品を再度作成して裁判所に提出。結局、1948年になって、彼の“作品”は精巧な模造品であることが認められました。


 彼の“作品”は、たとえば、模造のターゲットとなった切手と同時代の安価な切手の印面を拭い去るなどの方法で同時代の用紙を調達した上で、デザインや刷色を精巧に模写し、さらに、必要があれば、ホンモノそっくりの消印まで押すという代物でした。結局、350点以上にも及ぶスペラッティの“作品”は、1954年、今後新たな“作品”を作らないという条件で、英国郵趣協会が引き取っていますが、その精巧な出来栄えゆえに、名のあるニセモノとして収集家のマーケットでは決して安くはない値段で取引されています。


 今回、ご紹介している切手も、そうしたスペラッティの“作品”の一つで(裏面には彼のサインが入っています)、真正品に比べてマージンが広いことを除けば、見事な出来栄えです。


 今年のワインはできの良さから“奇跡のヌーボー”とされているそうですが、さてさて、スペラッティの“作品”同様、ほんとうに奇跡の出来栄えを味わうことが出来るのかどうか、仕事が終わった後の夕食の時間が待ち遠しくてなりません。