上空からの視線 | 郵便学者・内藤陽介のブログ

 上空からの視線

 昨日の内親王殿下(もはや“黒田清子さん”とおよびすべきなのでしょうか)のご結婚に際して、NHKが宮内庁の自粛要請を無視してヘリコプター取材を行い、結婚会見から締め出されていたことが問題となっています。


 この件に関して、NHK側は「警視庁が設定した飛行自粛要請区域の外側からの取材は可能と判断していましたが、宮内庁の自粛要請に沿わない形になり、関係者の方々にご迷惑をおかけしました」とのコメントを発表していますが、NHKの言っている通り、取材が飛行自粛要請区域の外側から行われたのであれば、理屈の上では何も問題ないはずで、自粛要請区域の設定が甘かった警視庁の責任の方が大きいように思います。また、宮内庁側も、自粛要請を出すのであれば、ただ「上空からの撮影を自粛して欲しい」というだけではなく、たとえば、「警視庁の指定区域の外であっても、ヘリコプターのプロペラ音が関係者の耳に入る距離には入らないで欲しい」などの具体的な指示を出すべきだったのではないでしょうか。


 「どんなに離れていようと皇族を上空から撮影すべきではないのは常識だ」という主張は、そうしたことを“常識”として共有できる人間の間でだけ通用する理屈でしかありません。NHKにそうした“常識”があるのか否かは別として、規制の範囲外のことは、何をされても文句は言えないというのが法治国家の大原則なのですから、充分な対策を講じなかった側が一方的に“被害者”を装うことには、僕は、なんとなく割り切れない思いを感じます。ただし、殿下の車列を上空から撮影することが、今回のご結婚の報道にとってそれほど意味のあるものとは、僕には到底思えませんが…。


 もっとも、皇族や皇室関連の施設を上空から見下ろすことが非常識であるという主張は、戦前期の日本では、案外、やかましくいわれていたわけではないようです。たとえば、この切手を見ていただきましょう。


 大正大礼


 この切手は、1915年に行われた大正天皇の即位の大礼にあわせて発行された記念切手ですが、儀式の模様(予想図ですが)はしっかりと上空から見下ろす視点で描かれています。昭和以降の皇室切手では、原則として、皇室関係の題材は、正面から、もしくは見上げる視点で描かれていますから、あきらかに、切手制作の発想が異なっています。なによりも、国家が公式に発行する切手において、予想図とはいえ、即位の大礼を見下ろす画面構成が採用されているわけですから、当時の日本政府の感覚は、我々が考えるよりもずっと“リベラル”だったことがうかがえます。おそらく、現在ではこのようなデザインの切手を発行することは、まず不可能でしょうが・・・。


 いずれにせよ、我々は“戦前”というと、どうしても昭和10年代のヒステリックな時代のイメージでひとくくりにしてしまいがちですが、実際には、もっとおおらかな時代もあったということは覚えておく必要がありそうです。


 なお、 10月に刊行した拙著『皇室切手 』では、現在よりも、明治・大正期のほうが、ある意味ではるかに“皇室”の扱い方がおおらかだったことを明らかにしていますので、ご興味をお持ちの方は、是非、お手にとってご覧いただけると幸いです。